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As far as i know...

私が知る限りでは。

Web系会社員が突然1か月休暇をもらったら 2(2/2)

2日目。

 

8:30 起床(ちょっと寝坊)

9:30 洗濯、テレビ(NHK、20世紀の戦争。近代史勉強したい。)

10:30 旅行予約、スケジュール組み立て

12:00 ナスのパスタを作る。BGMはロッシーニ、どろぼうかささぎ序曲。

13:00 旅行情報収集続き。メールのやりとり。

15:00 八丁堀方面、バナナスムージー、古道具屋物色。

16:00 印刷会社がやってるブックカフェに入り浸る。お茶を飲みながら読書。

18:30 帰宅、食事(家にあったひじきごはん)、ちょっと疲れたので休憩

20:00 英語ニュースを観ながらストレッチ、ブログ書く、鳥獣戯画のアニメ1話

21:30 Drualのインストールやってみる。途中で突然悲しくなる。自尊心が回復しなければ、ずっと変われないんだろうなあ。テレビでガンと闘う若い子の番組が流れる。ガンでも家族や周りの人たちと前向きに生きて、恋人もいて、ちゃんと生きている子。自分は体は健康なのに、生きている意味が見出せない。いつ死んでも誰も困らない。ただ労働して納税して消費活動もしているから国民としては生きていて問題ないだろうけど、自分がどこにもない。ただのパーツ。ただの壊れて偏った情報の塊。

11:45 落ち着いたのでお風呂にお湯を張る。旅行のことを考える。行きたいカフェのことを考える。会う予定の友達のことを考える。発作は治まるが、根本的な解決にはなっていないような気もする。もっと技術があれば生きていていいと思えるだろうか、それとも何か自分にしかできない仕事をする?他人が一緒にいたくなるキャラクターを作る?もっと稼ぐ?友達を増やす?無理やりでも結婚して子供をつくればいいのか?


どんなに優秀な人でも、完壁にはなれずいつか死ぬんだから、楽しめればそれでいいんだよ。借金もないし、暴力なんかで他人を苦しめたりしていないのだから、何の問題もないじゃないか。そうなんだけど、何かまだ自分を許せない...

 

反省:充実度⚪︎(後半突然の発作があったけど、まあ日常茶飯事だし)

気になっていたブックカフェに入ってみる。いいチョイスで、長居してしまいそうになった。もともと美術印刷をやっていた会社で、カフェやったり出版やったりしているらしい。お茶を頼むと、どのティーカップにいれてもらうか選べたり、オリジナルのクッキーを作ってたり、女子的な感じ。柔軟でいいなあ。

「グーテンベルグの銀河系」を立ち読み。印刷技術が広まるまでは精神的危機はなかった、みたいな記述があって、そうだこんなに活字に溢れている時代が昔からあったわけではないんだと当たり前なんだけれど気がついた。ちょっと前まで、文字を読むこともなく生きて死んでいく人が普通で、その前は文字もなかった。文字を読むことがない人生、想像できないが、その方が生物として自然だったのかな。人がいやになったり、鬱になったりする個体はいなかったのかもしれない。今が今は普通だけど、過去から見たらとんでもない世界だ。情報量に溺れて、ちょっと処理能力が悪い時や、もともと強くない人が、疲れてしまっているのかも。そう考えると、疲れるの、当然な気がしてきた。。そうだよ、当たり前だよみんな。

あとは、11日後にロンドン、ブリュッセル、パリに行くことにしたので、地図をチェックしていた。どこへ行っても、本屋とカフェと美術館が気になる。泊まるとこと電車とバスは明日予約します..!